はじめに:人との「距離」に悩んでいた昔の私へ
こんにちは、元公務員のあじっちです。
今日は「人との距離感」や「孤独」について、ずっと昔から胸の中にあった想いを、言葉にしてみたいと思います。
大人になってから出会った本が、心の扉を開けてくれた
村上春樹さんの『ノルウェイの森』を初めて読んだのは、少し大人になってからでした。
独特の世界観に、すーっと引き込まれていく感覚がありました。
その反面、体調が悪いときに読むと、感情の波にのまれそうになることもありました。
今になって思えば、「あっちの世界」と「こっちの世界」という抽象的な感覚に、自分の心が反応していたのかもしれません。
その感情をじっくり味わう時間がなかったこと、急いでやり過ごそうとしたことが、逆に心や体に負荷をかけていたのだろうなと思います。
子どもの頃、にぎやかな家族の中で感じていた孤独

子どもの頃、私が苦手だったのは「お盆やお正月の集まり」でした。
母の実家に親戚が大勢集まり、従姉妹たちが10人以上集まっているなかで、私は輪に入れずにいました。
年相応でない体格や、どこか“浮いてしまう”ような感覚。
自分でも活発で元気な子どもだったのに、内心では「どうしたら仲間に入れるんだろう」「なぜ私はひとりなんだろう」と、いつも心の中で考えていました。
表向きの「明るさ」と内側の「沈黙」
小学校、中学校、高校… いつの時代も時に浮かんでくる感覚「ひとと二人きりになると何を話せばいいかわからない」という不安を持っていました。
でも、まわりからは「リーダータイプで明るく元気な人」と見られていたんです。
中学生の頃は、夏目漱石、森鴎外、太宰治などの文学作品に惹かれてよく読みました。
沈黙や孤独に寄り添うような作品に、どこか自分を重ねていたのかもしれません。
今の私は、好んで「ひとりの時間」を選んでいる
今は、息子が巣立ち、仕事も離れ、夫との二人暮らし。
日中は一人で過ごす時間が多くなりました。
昨日、公民館の座談会に参加した際、となりの方に「元気だね」「いつも楽しそう」と言われました。
その時、“ああ、またいつものスイッチが入ってるな”と、ふと気づいたのです。
今は意識して「ひとりの時間」を選んでいます。
夫との暮らしやサークル活動で、心が満たされる時間があるから、ひとりでも孤独ではないのです。
まとめ:子どもの頃の私へ伝えたいこと
孤独を感じたあの頃の私に、今なら伝えたい言葉があります。
「頭がいたくなるまで考えなくていいんだよ。
ずいぶん回り道をするけど、大丈夫。
心配は、少しずつ解決していくからね。」
こんなふうに感じました
もしかしたら、この記事を読んでくださっている方の中にも、
子どもの頃に感じた「うまく馴染めない感じ」「ひとりぼっちに思える時間」が、今もふと顔を出すことがあるかもしれません。
でも、孤独はときに、自分と深く向き合うための静かな時間でもあります。
人と距離を置いた先で、自分のことを少しずつ大切にできるようになった、私のように。
それは、手放したものがたくさんあったから かもしれません。
あなたの中にある小さな「わかってほしい気持ち」にも、そっと寄り添えたらうれしいです。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
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