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【心の断捨離】「ねばならない思考」を手放して心が軽くなった私の体験(50代女性)

ねばならない思考を手放す 人間関係
人間関係心の断捨離

※本記事にはPRを含みます。健康や働き方に関する情報は執筆時点の把握です。判断に迷う場合は医療機関や専門窓口にご相談ください。


はじめに

🌿50代で「ねばならない思考」を手放した元公務員のあじっちです。
無理を重ねて心も体もすり減った経験から、今は「ちょうどいい私」で暮らすことを大切にしています。

この記事では、「〜しなければ」と自分を追い込んできた過去と、そこから見えてきた気づきを整理しました。
同じように「頑張りすぎて疲れた…」という方に、少しでも安心と気づきが届けばうれしいです。


同期との関係から見えた「立ち位置」

仕事を始めたころ、私は同期の中で年齢が少し上でした。
「年上だし、まとめ役でいなければ」「頼られる存在でなければ」と自然に思い込んでいました。

若い同期たちは仲が良く、よく10人以上で集まってカラオケや飲み会に行っていました。私もその輪に加わりながら、「年上らしい私」をどこかで演じていたのです。

年月が経ち、役職や評価で差がつくようになると、ますます「ちゃんとしていなければ」「期待に応えなければ」という思考が強くなっていきました。


無意識に陥っていた“完璧主義”

夜は家族が寝静まった後にパソコンへ向かい、日中も全力で走り回る。
そんな毎日を過ごしていました。

心の中には

  • 「謙虚でいい人だと思われたい」
  • 「同期の中で良いポジションにいたい」

という2つの気持ちが同居していたように思います。

家庭でも、息子の同級生の母親たちの前では明るく元気に振る舞い、家では静かに疲れを抱える私。
料理も「愛情をこめて」というより、「やるべきことをきっちりこなす」ことに力を注いでいました。

今思えば、これは「ねばならない思考」にがんじがらめになっていたのだと思います。


体と心が悲鳴をあげた頃

役職についたころから体調を崩し始めました。
振り返れば、この時に医療機関へ行ってペースを見直せば良かったのかもしれません。

けれど「仕事を休んではいけない」「周囲に迷惑をかけてはいけない」という気持ちが勝ち、無理を続けてしまいました。

毎日のように携帯式の血圧計で数値を確認していたのも、「限界」に気づくサインでした。
後になって医師から「正確に測るなら上腕式を」と言われ、ようやく自分の体を軽んじていたことに気づいたのです。

血圧を測定するなら上腕血圧計が良いです。←気持ちを落ち着けて正確に測定できます


「ちょうどいい私」で暮らす幸せ

今は、落ち着いた暮らしの中で改めて思います。

  • 「もっと頑張らなきゃ」という気持ちは、自分をすり減らすだけだった。
  • 支えてくれた夫の存在が、どれほど大きな支えだったか。

もう完璧を目指す必要はありません。
「ちょうどいい私」で「ちょうどいい暮らし」を続けていけば、それで十分。

これは、50代になった今だからこそ心から思えることです。


まとめ

  • 「ねばならない思考」にとらわれて、自分を追い込み続けていた。
  • 体と心の限界に早く気づけなかったことを後悔している。
  • 今は「ちょうどいい私」で生きる幸せを感じられるようになった。

私の失敗からお伝えしたいこと

かつての私は、「常に動いている自分が正しい」「人から見て生産的でなければ」と思い込んでいました。
でもそれは「ねばならない思考」による錯覚でした。

頑張りすぎているあなたも、どうかご自身の「ちょうどいい」を見つけてほしい。
それは「誰かにとっての正解」ではなく、「自分が無理なく続けられる形」で大丈夫なのです。


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